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なぜ今、クワイエットラグジュアリーなのか

「クワイエット・ラグジュアリー」の大本は、ヨーロピアン文化にある控えめなラグジュアリースタイルのことです。同様の流行は過去にもあり、1980年代のアメリカで巻き起こった「オールドマネー」ムーブメントがそれに当たります。


「オールドマネー」とは、何世代にも渡って富を相続し蓄積してきたアメリカの一族のことで、1920年代後半に生まれ、壮大な田舎の邸宅に住み、最高峰の教育機関で教育を受けた貴族であり、気取らないエリート意識を醸し出す、時代を超越したファッションを身に着けていました。そのような美学やスタイルに触発されたファッションをラルフ・ローレンなどのラグジュアリーブランドが広め、「オールドマネー」と呼ばれる80年代のトレンドを生み出しました。「オールドマネー」は、シンプルかつ快適でありながら、洗練された仕立て、高品質生地、中間色が特徴。決して時代遅れにはならず、常に洗練された雰囲気でエレガントに見えることから、「クワイエット・ラグジュアリー」は「オールドマネー」の再来ともいわれています。


SNSの普及や世界的なインフレで貧困格差が拡大している今、裕福であることをあからさまに見せつけるようなロゴ入りのファッションや、注目されることを意識した派手なデザインは、広範な社会において不快とされる傾向にあり、そんな世間の視線に敏感にならざるを得ない富裕層の人々は、目立つことを避け、一見平凡な高級ファッションで身を包むようになったといわれています。


また、「クワイエット・ラグジュアリー」は、「投資対象や思慮深い買い物習慣に重点を置いた新時代のミニマリズム」ともいわれていて、1990年代の「ミニマリズム」ムーブメントも、それまでの80年代の肩パッドに象徴されるような過剰で華美なファッションへの反動として生まれました。ヘルムート・ラングやジル・サンダーといったデザイナーたちが主導し、装飾をそぎ落としたシャープなカッティング、モノトーンを基調とした色彩、そしてロゴに頼らないクリーンなスタイルといった、無駄を排した本質的な美しさを追求する姿勢を打ち出しました。当時を知る世代にとっては懐かしく、また若い世代にとっては新鮮に映るこのスタイルが、現代的な解釈を加えられてリバイバルしているともいえます。


『The State of Fashion 2024』(McKinsey & Business of Fashion)によれば、世界のラグジュアリー市場の成長率は2023年の8〜10%から、2024年は2〜4%へ鈍化。主因は中国市場の回復遅れと欧米中間層の購買意欲の低下にあるとされる一方、ブランド側は価格改定によって収益を下支えしており、数量ベースでは成長が鈍化しているにもかかわらず、売上規模を維持しています。つまり、消費者の広がりではなく、単価上昇が市場を支えている構図となっており、マクロ的には鈍化しているが富裕層中心に購買は続いており、その富裕層が選んでいるのが、「クワイエット・ラグジュアリー」というわけです。


かつて Balenciaga(バレンシアガ)のロゴが支持されたのは、「分かりやすく主張したい」という欲望の高まりに応えた結果であり、その過剰なロゴの氾濫は、SNSの飽和とともに、ブランドを誇示すること自体が古く見えるようになりました。その変化を敏感に察知しているのがZ世代やミレニアル世代といった若い世代で、彼らにとって、“見せびらかすおしゃれ”はもはや時代遅れ。「ロゴで飾る」より「自分の審美眼で選ぶ」ことの方がずっと洗練されているように映るようです。そして、そういった「クワイエット・ラグジュアリー」の筆頭に挙げられるブランドが、 “The Row(ザ・ロウ)”です。


The Rowは、2006年にアシュリー・オルセンとメアリー=ケイト・オルセン姉妹が設立したブランドで、「思慮深さと妥協の無い品質に基づいたシンプルさが持つ強さ」を探求することをコンセプトとして掲げ、ロンドンのサヴィル・ロウにちなみ、ビスポークテーラーの追究する最高級のファブリック、精緻を極めたディテール、完璧なフィットへの敬意を表して名付けられました。2人は幼少期から華々しい芸能界で活躍してきたにもかかわらず、スキャンダルが一切なく、ブランド同様に謙虚で上品なのは、そのように育てられてきた環境の影響が強いようです。それぞれアイテムの嫌味の無いミニマルな様式美は、控えめな彼女たちの人柄をよく表しています。


「クワイエット・ラグジュアリー」の本質は、モノとの向き合い方、豊かさに対する価値観の変化です。ファッションにおいてだけでなく、“真のラグジュアリー”というものは、誰かに見せびらかすものではなく、謙虚さとともにあることで品格をもたらしてくれるもの。The Rowの人気は、「見せびらかしの消費」から「自分自身を満たすためや、質の高い経験やモノへの投資」というように人々の価値観が移ってきていることの表れだといえるでしょう。


「クワイエット・ラグジュアリー」は、いきすぎたロゴ主張からの揺り戻しとして生まれた潮流でありますが、“静けさ”そのものが、また新たな記号となりつつあります。このトレンドは、ファッションの本質を見直す機会であると同時に、私たちの価値観そのものが試されているといえそうです。ラグジュアリーの構造変化は、単なる消費の問題ではなく、ブランドの在り方が問われているように、私たち自身もまた試されているのではないでしょうか


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LIVING WITH LIGHT | 心地よい暮らしの照明術

IN THE LIGHT Lighting Design & Interiors

861-8001 熊本県熊本市北区武蔵ヶ丘1丁目15-16


 
 
 

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