『ハルカの光』は、2021年2月8日〜3月8日までNHK Eテレで放送されたテレビドラマ。名作照明の虜となった女性・ハルカの物語。宮城で漁師の娘として育ったハルカは、東日本大震災で、家や多くの友人をなくした。冗談好きでいつも笑っていた母からは笑顔が消えた。“私たちはなんで生き残ったんだろう ”仮設住宅で悶々と暮らして1年後、震災以来、初めての漁から戻ってきた父の漁船が真っ暗な海に放った漁火の光にハルカは救われた。やがて東京に出たハルカは、名作照明を集めた専門店で、ある光に出会い、心を奪われ、店番として働くようになる。“照明なんてなんでもいい客”はお断り。その代わり光を求める人には心から接客し、その人の苦悩を晴らし、人生を照明で豊かにすることに使命を感じていた。そんな店には毎日個性豊かな面々が訪れてきて…! 照明オタクのハルカが照明の魅力を人々に伝え、その人たちにぴったりな照明を見繕う過程で、人々の人生に次々と「光」がもたらされていく。そしてハルカ自身もまた、数々の出会いを通して心の傷を乗り越え希望の光を見いだしていく。
このような内容のドラマなのですが、先日、弊社で働きたいといっている女の子から、『ハルカの光』のような照明店が本当にあることを知って驚いたという話を聞いて、久しぶりにドラマが放送された当時のことを思い出しました。私は取引先でもあったYAMAGIWAの担当者から案内があり、ちょうど『IN THE LIGHT』をリニューアルオープンさせたタイミングということもあり、そんな偶然があるのかと、とても驚いたのを覚えています。
ドラマの中では、照明店に来店する人々の心の葛藤みたいな部分が描かれていて、照明自体とストーリーはそこまで関係ないような印象もありますが、ドラマで描かれる陰影のある美しい映像は、あらためて照明の本質は場の雰囲気を作ることにあるのだと実感しました。
「AKARIはその人の権威の象徴ではなく、貧富にもかかわらず完成の証であり、暮らしに質を与え、いかなる世界も光で満たすのです。」
『ハルカの光』の第3話に出てくるイサム・ノグチの『AKARI』。AKARIの美しいデザインと柔らかな光は、どんな世界でも心地よさと穏やかさをもたらし、生活を豊かにしてくれます。そのため、AKARIの影響は、社会や文化を超えて広がっています。貧富や地位にかかわらず、AKARIは人々の生活に光と喜びをもたらす存在として愛されているのです。そして、その光はどんな場所でも輝きを放ち、人々の心を満たしてくれてます。
『ハルカの光』の最終話に出てくる『PHランプ』は、近代照明の父と呼ばれ、数多くの名作照明を生みだしたデンマークのポール・ヘニングセンによるものですが、デンマークを含む北欧諸国では、夏は白夜や薄暮が続き、冬は寒く暗い。 そこで暮らす人々は、少しでも明るく心地よく暮らせるように工夫を凝らし、照明やキャンドルを効果的に置き、光をデザインする”ことを意識していました。光を得られる環境はあるものの、まだまだ一般の人々は十分な光を得ることが出来なかった1920年代初頭。ヘニングセンは、建築を設計するにあたり、労働者に十全な生活環境を提供する良質な住宅をデザインすることを使命としていました。そして暮らしの中に欠かせない良質な光が得られるよう照明器具のデザインにも着目し、理想的な照明器具のデザインを自身の理論に基づき、人生を通じて開発を行いました。
「私のつくる照明器具は美術品ではない」
ヘニングセンの言葉は、まさに彼の照明に対する思想そのものです。照明器具がシャンデリアのような豊かさを象徴する室内装飾の意味合いが強かった時代。自身のデザインする照明は、機能に優れ、生活を豊かに支援するために必要な“もの”と考えていました。“照明器具を科学的な方法によって衛生面、経済面、美的側面において発展させること”を目的として、照明器具のデザインを手がけました。
そもそも『IN THE LIGHT』は、2018年頃に知り合いの内装屋さんがカーテンのショールームを開設したのをきっかけに、電気工事会社だった弊社は“それならウチは照明のショールームかな”ということで考え始めたのが最初です。それまで新築住宅の照明の打合せといえば、各照明メーカーのカタログを見ながら選ぶのが一般的。実際に建物が完成するまでどんな感じになるのか分からないというのが普通でした。
当時、事務所として使っていた場所を少しずつ改装していき、名作と呼ばれる照明を少しずつ並べ始めました。なんとなく照明専門店らしくなってきたかなと思っていたところ、ある夜にふと外から見えた店内の様子が、光が白い壁や天井に反射して、明るい室内に照明がぶら下がっているだけの単調な空間に見えたのです。ただ照明を展示しているだけではダメだと思い、光の美しさをきちんと伝えるために全面リニューアルを決意したのでした。
リニューアルにあたっては、白い壁は一切使わず、コンクリート風の無機質な空間でもない、今の流行のデザインとは違ったものを作りたいと考え、それで思いついたのが、昭和40年代に建てられた自分の実家のリビングです。壁や天井には突板や布地が使われており、水回りもタイルや陶器、玄関土間も石だったりするのが当時のスタンダード。今ではどれもほとんど使われなくなった素材ですが、現代のデザインに組み合わせることで、これまでにない新しい空間が出来るのではないかと考えました。当時、内装工事会社の社長が突板メーカーから“今時、こんなに沢山の突板をどこで使うのか”と驚かれたと言っていましたが、そういわれるくらいに突板は時代遅れな建材でした。タイルについてもメーカー担当者さんがわざわざ訪ねて来られるくらい沢山使っています。
そんな突板やタイルは、照明との相性がとてもよく、。突板に光があたると、あたらない部分よりも木目が強調され、余計に木目の美しさが際立ち、タイルの光沢感や不均一な部分も光によって味わい深さを増します。ビニルクロスや樹脂タイルなどの新建材は、光があたってもあまり変化がなく、画一的になりがちですが、本物の木や石といった自然素材は不均一さが本来の魅力で、これらの素材が光の陰影をより引き立ててくれています。
『IN THE LIGHT』は『ハルカの光』に出てくる照明店と同じように、通りに面したガラス貼りのショールームです。夜になると道ゆく人がその光の美しさに、足を止め、キレイと声にする人もいます。そこにはブランドや名作であるとか関係なく、ただ照明が放つ光の美しさに魅了されている人々の姿があります。
有り余るほどに物質的な豊かさを極めた現代において、名作と呼ばれる照明はある意味では“富の象徴”のようになっているのかも知れません。しかし、イサム・ノグチやポールヘニングセンの言葉にもあるように、これらの照明は少しでも心地よく暮らすための道具であり、工夫の上で作られたもの。こんな時代だからこそ、“本物の豊かな暮らしとはどういうものなのか”ということを考えることが必要なのではないかと思います。

LIVING WITH LIGHT | 心地よい暮らしの照明術
IN THE LIGHT Lighting Design & Interiors
861-8001 熊本県熊本市北区武蔵ヶ丘1丁目15-16
Instagram ▶︎▶︎https://www.instagram.com/inthelightinteriors/
Youtube ▶︎▶︎ https://www.youtube.m/@inthelightinteriors/
Comments